「エネルギー理工学設計演習・実験2」別冊

B-2 ピラニ真空計の圧力換算

1998.12.03

keywords: pirani gauge


概要

 定温度型ピラニ真空計の電流値から圧力を換算する方法について説明します。自由分子熱伝導率と気体の熱伝導率の両方を考慮することによって、測定可能な圧力の上限を拡張することができます。

測定子仕様と簡単な換算式

 ピラニ測定子は右図に示すように、円筒内に金属(白金)細線が張ってあるだけの構造をしています。気体分子の平均自由行程λ が細線直径 d よりも充分大きい場合には、気体が細線から奪う熱流束 q は、

q = αΛp(T−T0)  (1)

と表されます(αは適応係数ですが、それ以外の記号の意味は下表を参照して下さい)。定常状態における発熱と放熱の釣り合いを考えますと、。本文で説明しているように、

2R = πdaq + I02R  (2)

という関係が成り立ちます。a は細線長さですから、右辺第1項は q に表面積を乗じた形、つまり単位時間に気体が奪う熱量を表しています。 I0 は圧力が0の場合に細線に流れる電流値であり、(2)式右辺第2項は、細線から電極に伝わる固体熱伝導と輻射による放熱量を表しています。

 (1)式を(2)式に代入し、圧力に無関係な項を定数Aとしてまとめると、

2R = Ap + I02R  (3)

A = αΛπda(T−T0)     (4)

となります。

 具体的に計算するため、A社製の測定子について換算式を求めてみます。下表は測定子の仕様を含む諸数値ですが、A社が公表していない値も記載していることに注意して下さい。

   表 測定子の仕様と動作環境一覧
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細線直径     d 25μm
細線長さ     a 56 mm
細線温度     T 200 ゚C
細線抵抗     R 20 Ω
円筒内径     D 16.2 mm
周囲温度     T0 25 ゚C
自由分子熱伝導率 Λ 1.04 m/Ks (窒素ガス)
熱伝導率     κ 0.031 W/mK (窒素ガス)
比例定数     A 8.00e-4×α m3/s
ベース電流    I0 10 mA
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  適応係数αは未知数とし、表中には含めていません。I0 の値は実測値です。自由分子の熱伝導率Λ は、

Λ = (γ+1)/2(γ-1)・(k/2πMT')1/2  (5)

と表され、k はボルツマン定数、γ と M はそれぞれ気体の比熱比と質量、T'は気体の平均温度 (T+T0)/2 です。窒素ガスを想定しますと、M = 4.7E-26kg、γ = 1.4 (2原子分子) ですから、T0 = 298K、T = 473K より、Λ = 1.04 m/Ks を得ます。これらの値を(4)式に代入すると、定数Aは表中の値のようになります。従って、A、 I0 および R の値を(3)式に代入すると、次式を得ます。

p = (I2 - 100)/40.0α   (6)

ただし、電流 I の単位は mA、圧力 p の単位は Pa です。このように、測定された電流から簡単に圧力を求めることができます。Λやαの値は気体によって異なりますから、定数 A は気体の組成に依存しますが、乾燥空気には(6)式がそのまま適用できます。

 例えば I = 11mA の場合、α=1を仮定しますと、(6)式より p = 0.5Pa(4mTorr)になります。これ以下の電流値では I0 と有意な差にならないため、この値付近が圧力の測定下限値になります。

実測の例

 上記の測定子2本を高真空排気系に取付け、空気を少し排気しては主バルブを閉じるという操作を繰り返し、その都度、1本はメーカー製の測定器で圧力を、もう1本は自作の定温度回路で細線に流れる電流を測定しました。その結果を右図に示します。メーカー製測定器は乾燥空気(窒素)に対して較正されていますので、指示値をそのまま圧力としました。縦軸は、 (3)式(または(6)式)の形に合わせて、I2- I02 (I0 =10mA) をプロットしました。

 図からは、30Pa 以下では良好な直線性を示すことが判ります。この直線の傾きは(6)式から予想されるように1になりますが、(6)式において α =1 とした直線(破線)とは平行にずれています。このずれは適応係数αに起因すると仮定して、実験値に合うようなαの値を求めると 0.85 でした(図中実線)。白金面における適応係数は、窒素ガスと空気に対して、それぞれ0.89と0.90[5]であり、別の文献によると窒素ガスに対して0.769[3]ですから、妥当な値だと思われます(注2参照)。

 30Pa(〜0.2Torr) 以上の圧力で測定値が直線からずれてしまうのは、分子流の条件(λ ≫ d) を満たさなくなるためです。30Pa の窒素ガス分子では λ = 230μm ですから、d (=25μm) の10倍程度であり、一般に言われている分子流の条件(代表長さの10倍)と一致しています。

測定領域の拡張

 圧力が高くなり、平均自由行程λ ≪ 細線直径d という条件を満たすようになると、気体が細線から奪う熱量はいわゆる熱伝導方程式に従います。気体そのものは発熱しないこと、体系が円柱であり軸方向と角度方向の依存性は無いことから(注1)、細線表面における熱流束 q は、

q = 2κ(T−T0)/d ln(D/d)  (7)

と表されます。ここに、κは気体の熱伝導率、Dは測定子円筒の内直径です。

 気体の熱伝導率は圧力に依存しませんので、熱流束 q も圧力に依存しない定数になります。従って、λ ≪ d の条件下では圧力を知ることはできません。しかし、(1)式と(7)式を統合すると、λ 〜 d 付近までの圧力を表現する実用的な式を得ることは可能です。そこで、圧力 p が充分大きいときに(7)式、p が充分小さいときに(1)式となるような形として、

q = xp(T−T0)/(1+yp)  (8)

を考えてみましょう[6]。p→∞ で q = (x/y)(T−T0)、p→0 で q = xp(T−T0) ですから、これらの式がそれぞれ、(7)式と(1)式に一致するように定数 x、yの値を決めますと、

q = 2καΛp(T−T0)/ [2κ+αΛdpln(D/d)]  (9)

となります。(9)式を(2)式に代入すると、測定される量(電流)と求めたい量(圧力)を直接関係づける次の式が得られます。

2R = 2πdaκαΛp(T−T0)/ [2κ+αΛdpln(D/d)]  + I02R  (10)

測定子の仕様や窒素ガス(乾燥空気)の熱物性値などの具体的な値を(10)式に代入しますと、換算式は

2 = 34p/(1+0.0023p) + 100   (11)

と表されます。ただし、p と I の単位はそれぞれ、Pa と mA です。この式を用いますと、右図に示すように、2kPa 程度までの実験値とよく一致しました。2kPa での平均自由行程は 3.4μm ですから、細線直径以下の範囲まで測定領域を拡げることが可能であることがわかります。しかし、圧力が高くなるにつれて気体分子が奪う熱量は圧力に依存しないようになり、測定される電流に差がつかなくなりますから、100Pa 以上の領域ではあまり精度よく測定することはできません。なお、実験値と(11)式がこれほど良く一致したのは、圧力を測定した市販のピラニ真空計が(11)式を用いて換算した圧力を表示しているため(注2)とも考えられますので、(11)式が窒素ガスの絶対圧を求める式であることを、右図が保証しているわけではありません。

(注1) 本文に記した条件では、熱伝導方程式は d/dr(rd/dr)T=0 と書くことができる。r=d/2 で T, r=D/2 でT0 という境界条件の下で方程式を解くと(2)式を得る。なお、細線は直径に較べて長さが大きいので、温度は軸方向には依存しない(無限円柱)と近似している。 (注2) ここでの一連の作業によって、市販ピラニ真空計の内部で、電流から圧力に換算している式とその式中の数値を見つけたと表現した方が正確かも知れない。同様に、適応係数が 0.85 であったという結果も、市販ピラニ真空計が採用している値を見つけただけであり、厳密に言うと、この実験における適応係数を求めたわけではない。

以上


このページは、高木郁二が担当している京都大学工学部物理工学科の講義・実験を補う資料として作成したものです。ご意見・お問い合わせはこちらまでお願いします。