「エネルギー理工学設計演習・実験2」別冊

B-3 コンダクタンスと分子流について

1999.04.12

keywords: conductance, molecular flow, electric conductivity, thermal conductivity


 コンダクタンスという用語についてのコメントと、粘性流と分子流のコンダクタンスに関する補足説明です。

コンダクタンスという語

 導管におけるコンダクタンスの式を再掲します。

 Q = C・Δp   (1)

Q は単位時間当たりに流れる気体の量(流量)、Δp は圧力差なので、コンダクタンス C は流れ易さを表す比例定数と言うことができます。同じ圧力差なら C が大きい方が流量も大きく、同じ流量であれば C が大きいと Δp は小さくて済むからです。

 ところで、流れ易さを表す物性の一つに電気伝導率 σ があります。この場合には流れるものは電荷で、その流量が電流 I です。オームの法則(電位差 ΔV = IR)、体積抵抗率 ρ = 1/σ、抵抗 R = ρL/A (A と L はそれぞれ抵抗体の断面積と長さ)、電流密度 i = I/A より、

 i = (σ/L)・ΔV   (2)

と書くことができます。(1)式と(2)式を見比べると、流れの量(Q や i) は駆動力(Δp や ΔV)に比例し、その比例定数が C や σ/L となっており、同じ形をしていることが分かります。このような形の式は工学の分野ではよく見られ、流れ易さを表す比例定数は英語で表記すると似ています(コンダクタンス:conductance、電気伝導率:electric conductivity)。

 伝熱工学でも同じような関係式があります。流れの量は熱流速 q (単位時間単位面積当たりに流れる熱量)、駆動力は温度差 ΔT であり、次のように表されます。

 q = (κ/L)・ΔT  (3)

比例項 κ/L の内、比例定数 κ は熱伝導率 (thermal conductivity) と呼ばれています。L は伝熱部の厚みです。

 (1)〜(3)式は互いに同じような形をしていますが、(1)式は他の式と次の2点で異なっています。一つは右辺に長さ L が無いことです。(2)式や(3)式はそれぞれ i = σ(dV/dx) = σE や q = κ(dT/dx) と書くべきであり、駆動力は電場や温度勾配であると考えた方が分かり易いのですが、(1)式と対応させるためにこのように表わしました(注1)。長い直管の場合にはコンダクタンスは長さに反比例するので、L をコンダクタンスに含めず、駆動力を圧力勾配として表すことができますが、オリフィスの場合には長さが無いため、一般的な表記としては(1)式のようにせざるを得ません。

 もう一つは左辺(流量)が単位面積当たりの量で無いことです。ラッパ管のように断面積が位置によって異なる場合があるから、と言うのが直感的な理由ですが、それなら太さが途中で異なる抵抗体を電流が流れる場合もある筈です。実際には一つめと同じ理由によると思われます。つまり微小な長さ当たりの圧力差 dp/dx として流量 Q を表記できない場合(オリフィスや短管)があるからでしょう(注2)。 dp/dx として表記できれば、その区間(dx)における断面積 A は一定と見なして単位面積当たりの流量 Q/A を求めることができるからです。

分子流のちょっと奇妙な性質

 導管を気体が流れており、ある2地点での圧力が 2atm と 1atm であるとすると、流量 Q1 は(1)式より、C1Δp になります。Δp は差圧であり、1atm です。流れが粘性流の場合、コンダクタンス1 は次の式で表されます。

 C1 = (πa41/8η)/L  (4)

ここで、a は導管の半径、p1 は気体の平均圧力(=1.5atm)、η は粘性係数、L は2地点間の長さです。次に、圧力が 11atm と 10atm の場合を考えると、Δp は同じ 1atm ですが、コンダクタンス C2 は平均圧力(=10.5atm)が異なるため、流量 Q2 は Q1 の7倍になります。ただし、粘性係数は圧力に依存せず、また粘性流のままであると仮定しました。

 平均圧力が高い方がより多量の気体が流れるというこの結果は、日常の感覚から判断すると定性的に妥当だと思われます。それでは、分子流の場合はどうでしょうか。

 上と同様にして、圧力が 2mPa と 1mPa での流量を Q1、11mPa と 10mPa での流量を Q2 とします。差圧 Δp はどちらの場合も 1mPa です。コンダクタンス C は、気体分子の平均速さ とすると、

 C = (2πa3/3)/L  (5)

と表され、圧力に依存しません。従って、(1)式より、Q1 と Q2 は等しいという結果が得られます。平均圧力が高い方が多量の気体が流れる粘性流の場合と比べると、分子流はちょっと奇妙に思われます。

分子どうしの衝突が無い分子流

 分子流とは、導管の内径よりも気体分子の平均自由行程が非常に大きいために、分子は他の分子とほとんど衝突せず、管壁とばかり衝突しているような流れのことです。右図(a)にその様子を模式的に示しました。図中の小さな黒点は分子を表しています。全ての分子は運動していますが、説明を簡単にするために、ある特定の分子(左端の点)の軌跡のみを赤線で示しました。ここで、分子の密度を図(b)のように2倍にしてみます。分子流である限り、この分子は他の分子とほとんど衝突せず、図(a)の場合と同じ軌跡を描くはずです(注3)。つまり、分子流とは周囲にどれだけ分子がいても、無関係に(独立して)分子が運動している状態を意味しています。

 更に説明を加えます。右図に示すように、A点にいる分子は、ある確率 PAB で B点に到達し、逆に B点にいる分子は、ある確率 PBA で A点に到達するとします。分子どうしの衝突が無い場合には、確率 PAB も PBA も圧力に依存しません。つまり、A点の圧力(2mPa)に応じた数の分子がB点に到達し、逆にB点の圧力(1mPa)に応じた数の分子がA点に到達し、その差し引きが流量になる訳です。直管の場合、PAB と PBA は等しくなる筈であり、従って、流量は圧力差に比例します。この状況はA点とB点の圧力がそれぞれ 11mPa と 10mPa であっても、変わりません。11mPa と 10mPa に応じた数の分子がそれぞれAからB、BからAへ到達し、その差である流量は圧力に比例します。これが分子流です。

 なお、PAB(= PBA)はクラウジング係数と言います。本来はA点とB点における分子の密度等から定量的に導くべきものですが、ここでは分子流の特徴を述べるために単純化しました。詳細を知りたい方は真空の教科書を参照してください。

圧力差と流量の関係

 くどいと言うより蛇足になりますが、(a)粘性流と(b)分子流における流量 Q と圧力差 Δp との関係を模式的に右図に示します。圧力と流量の絶対値は当然2つの図で異なっており、単に Δp への依存性を示すためのものであることに注意してください。また、粘性流では出口圧力(低い方の圧力)を一定とし、粘性係数は圧力に依存しないと仮定しました。

 これらの関係は(4)式や(5)式から簡単に予想できますが、図示すると更にわかりやすくなります。分子流(b)では流量と圧力差の関係は直線であり、逆に、圧力差と流量を測定したデータが(b)のように直線上に並べば、流れが分子流であることが確かめられます(注4)。   

(注1) 長さ方向と流れの方向を一致させるため、q = −κ(dT/dx) と負号を付けた方がより一般的な表記になる。 (注2) 導体においては電荷や熱の主な担い手は電子である。それなら、電子の導体中における平均自由行程が、導体の直径や長さよりも大きい場合には(2)式や(3)式は成り立たないのであろうか?室温の銅における電子の平均自由行程を概算すると 40nm なので、このような状況は実際には滅多に無いだろうが、考えてみると面白いかもしれない。条件によっては電場 E ( =dV/dx ) を定義できない可能性もあるだろう(オリフィスに相当するような場合)。まあ、工学的には深く考えずに、流れの量は駆動力に比例すると思っておいた方が単純明快ではある。 (注3) 管壁での反射方向はランダムなので、全く同じ条件下でも同じ軌跡を描くわけでは無いが、説明を簡単にするためにこのように表現した。 (注4) 「エネルギー理工学設計演習・実験2」では実際にQとΔpを測定して、確認している。なお、実験では外部から意図的に導入した空気の流量をQとしているため、ガス放出量の分だけ直線が負の方向に移動する。

以上


このページは、高木郁二が担当している京都大学工学部物理工学科の講義・実験を補う資料として作成したものです。ご意見・お問い合わせはこちらまでお願いします。