「エネルギー理工学設計演習・実験2」別冊

3−7 ペニング真空計

1999.1.28

keywords: Penning gauge, Philips ionization gauge


 真空中での放電現象を利用して、中〜高真空領域での圧力を測定する真空計です。定量性があり、耐久性に優れるという特徴があります。最初に開発したメーカーの名前を取り、フィリップス(Philips)真空計と呼ぶこともあります。

構造と原理

 真空中に残留する気体を電離させ、生成したイオンまたは電子を電極に捕集して、そこに流れる電流から圧力を求める真空計を、一般に電離真空計といいます(注1)。電離真空計では、数10eV以上のエネルギーを持った電子を気体に衝突、電離させますが、電子源として加熱したフィラメントから放出される熱電子を用いる方法(熱陰極)と、プラズマを利用する方法(冷陰極(注2))とに分けられます。冷陰極電離真空計はここで説明するペニング真空計とマグネトロン型真空計が代表的で、後者は超高真空の測定に用いられます。なお、熱陰極電離真空計は次項で説明します。

 ペニング真空計は、ペニング放電という現象を利用しています。一般に冷陰極から放出される電子は熱陰極に較べて少ないため、単に陽極−陰極間に電圧を印加するだけでは、0.1〜1Pa 程度までしか放電を持続することができません。これは、ガイスラー管の圧力下限に相当しています。そこで、ペニング放電では、右図(a)に示すように、外部から磁場を印加し、電子の飛程を長くすることによって低い圧力でも放電を持続させています。

 測定子の外観は例えば写真1(右上)に示すような形をしており、永久磁石から外部磁場を供給しています。測定子内部は、右図(a)のように、円筒型(または針金を輪にした円環型)の陽極と、板状の陰極が、磁力線と軸が平行になるように配置されています。陽極の電圧は 2〜3kV、磁場の強さは1000G 程度です。

 陰極から放出された電子は、右図(b)のようにローレンツ力によって磁力線に巻き付くように運動します。また、軸方向の空間電位は右図(c)のようになっているため、電子はポテンシャルの井戸に捕らわれたようになり、両陰極間を往復運動します(注3)。実際の電子の運動はこのような単純なものでは無いでしょうが(注4)、らせん運動と往復運動の両方によって、電子の飛程はかなり長くなります。電子は最終的には陽極に捕集されますが、その間に気体分子と何回も衝突して電離させ、陰極で囲まれた空間にプラズマを生成させます。プラズマ中の電子は、陰極から放出された電子と同様にらせん運動と往復運動をしますが、イオンは電子よりも質量がはるかに大きいために、らせん運動の回転半径が大きいことと、電位が陰極に対して正である空間で生成されることから、速やかに陰極に捕集されると考えられます。

 このようなペニング放電では、0.1mPa の圧力まで放電が持続されます。ある瞬間にプラズマを観察できたとすると、上記の説明より、多数の電子と僅かのイオンから構成されている様子が見える筈です。また、この空間には電離されていない気体分子も存在しています。ここで、もし、電子の数が圧力(気体分子の数)に依存しないと仮定しますと(注5)、陰極に捕集されるイオンの数(単位時間に起こる電離の回数=イオン電流)は、圧力と気体分子の電離断面積に比例します。このことは実験によって確認されており、10mPa 程度以下の圧力では、イオン電流と圧力が比例します。電極の構造などにもよりますが、イオン電流は最大 mA 程度も流れるため、電流計で直読することができます。比例係数が既知であれば、イオン電流から圧力を知ることができます。電離断面積は気体分子の種類に依りますから、比例係数も気体によって異なります。市販の測定器では乾燥空気または窒素ガスに対する係数を用いて圧力表示するようになっています。

特徴と用途

 放電現象を利用する点で似ているガイスラー管と比較しますと、定量性に優れ、高真空領域の圧力を測定できるという特徴があります。また、電離したイオンの電流から圧力を求めるという方法では熱陰極電離真空計と同じですが、冷陰極のために電極が焼損する心配が無い、つまり大気圧下で誤って計器のスイッチを入れたとしても測定子が壊れないという利点があります。欠点は、ペニング放電そのものが若干不安定であるために、精度の良い測定はできないこと、陰極からの電子放出量は表面の汚れに大きく左右され、油などでひどく汚れたような場合、放電しなくなること、0.1mPa 程度の高真空の状態で放電を開始させるのは難しいこと(注6)などです。

 このような特徴から、それほどの精度は必要としないが、測定子を頻繁に交換したくないような高真空領域の測定に適しています。実験室規模の装置では、真空蒸着装置や電子顕微鏡などが挙げられますが、比電荷の大きい電子では、測定子の磁石によって軌道が曲げられることがありますので(注7)、取付位置に注意しなければなりません。

 

接続方法

 写真1と2に示した市販品は、接続部が外径15/18mm の直管になっており、ゲージポートを介して接続します。別のメーカーでは、クランプ継手コンフラットフランジで接続する測定子を市販しています。

(注1) 通常呼称される「電離真空計」とは、次項で述べる「熱陰極電離真空計」を指すことが多い。 (注2) 冷陰極放出とは一般には電界放出を指すが、この場合はイオンが陰極に入射するときに起こる二次電子放出も含まれている。 (注3) 陰極から放出された電子は、電位のみを考えるともう片方の陰極に到達し得るので、往復運動はしないことになる。往復運動するのは、電離によって生成した電子(空間電位が正の領域)や、電離させることによって軸方向の運動エネルギーを失った電子だと思われる。 (注4) 陰極と陽極で囲まれた空間に生成されるプラズマの正体は電子雲なので、空間電位は下がり、結果として電子は軸中心から半径方向に運動する速度成分を持つことになる。 (注5) 圧力が変化すると電離によって生成される電子の数も変わるが、空間全体として電子密度が飽和していれば、余分な電子は速やかに陽極に捕集され、電子密度一定という条件が保たれると考えられる。なお、電離される気体分子は全体の極く一部なので、電離によって分子が減少する効果は無視する。 (注6) 圧力が比較的高い領域で一旦動作させると、低圧になっても放電が持続される。 (注7) 本ページに関連する学生実験に用いている電子ビーム実験装置では、ビーム輸送ダクトから約1m離して取り付けている。コンダクタンスが小さく、外見も良くないが仕方がない。

以上


このページは、高木郁二が担当している京都大学工学部物理工学科の講義・実験を補う資料として作成したものです。ご意見・お問い合わせはこちらまでお願いします。