「エネルギー理工学設計演習・実験2」別冊

A−6 真空ポンプの原理と排気速度

1999.02.22

keywords: vacuum pump, pumping speed


真空ポンプの分類

 一般的に用いられている真空ポンプの種類については本文(2−1)に示した通りですが、排気する原理から次のように大別することにします。

 1.容積移送型    : 油回転ポンプ、ルーツポンプ、ベーンポンプなど
 2.受動型   
  2-1 運動量輸送式  : 油拡散ポンプ、ターボ分子ポンプなど
  2-2 溜め込み式   : ソープションポンプ、ゲッタポンプ、クライオポンプなど

ただし、これは以下に述べる排気速度を考える上で判りやすいように、私が勝手に分類したものですので、ご注意下さい。例えばアスピレータやエゼクタポンプは1.で無いことは確かですが、粘性を利用している点から、受動と呼ぶのも無理があります。また、「受動型」の名称は一般的ではありません。JIS Z8126 で示されている分類は、以下の通りです。

 A.気体輸送式
  A-1 容積移送式
  A-2 運動量輸送式
 B.気体ため込み式

容積移送型真空ポンプ

 単に容積型と呼ばれることもあります。右図に示すように、シリンダのような閉じた空間内でピストンを移動させ、その空間内の容積変化を利用して排気するポンプです。自転車の空気入れを思い浮かべれば判りやすいと思いますが、空気入れでは排気側をタイヤチューブに接続し、吸気側を大気に開放しているのに対し、ちょうど逆の構造になっています(注1)。ただし、ピストンを動かすような往復動式ポンプは少なく、ローター(回転子)を回転させることによって容積を変化させる回転式ポンプの方がよく用いられます。油回転ポンプやルーツポンプ、ベーンポンプなどが該当します。往復運動よりも回転運動の方が駆動が容易で、脈動が少ないという利点があります。

 容積移送型ポンプは、大気圧から中真空程度までの、比較的圧力の高い領域で用いられます。極端な例としては、シリンダ内を真空槽とし、ピストンのストロークを限りなく長くとれば、高真空を得ることも可能かもしれませんが、全く現実的ではありません。

排気速度(1)

 右上図の容積移送型真空ポンプは、ガソリンエンジンに似ており、ピストンの上死点と下死点に囲まれた部分の容積 V が排気量に相当します。ピストンが1往復する間に気体を V だけ排気しますから、ピストンを周期 T で往復させたとき、排気する気体の平均容積流量は V/T で表されます。この値を排気速度 S と言います。

 S = V/T    (1)

 式(1)によれば、排気速度は単位時間当たりに排出する容積ですので、圧力に依存しませんが、実際にはそのポンプが作動する圧力範囲の上限付近や下限付近では小さくなることがよくあります。

 油回転ポンプ では、往復運動するピストンが回転するローターに、シリンダが固定子に対応しています。このような場合、固定子とローターに囲まれる空間の容積(仕切板や回転翼で分けられた容積の和)を V、ローターの回転周期を T とすると、式(1)をそのまま用いることができます。また、ローターの回転数を f とすると、f = 1/T より、

 S = f・V  (2)

と書くこともできます。f を rpm で、V を L (liter) で表すと、S の単位は L/min です。例えば f = 1800 rpm、S = 100 L/min の油回転ポンプでは、V = 0.056 L (= 56 cc) となり、原付程度の排気量であることが判ります。ただし、以上の説明は理想的にポンプが作動することを仮定していることに注意して下さい。

 ルーツポンプの場合は少し複雑ですが、まゆ型ローター(2葉式)の片方の面と固定子との間で囲まれた空間の容積を V' とすると、ローターが1回転する毎に 2V' の気体を排気し、ローターが2つありますから、V = 4V' とすると式(2)をそのまま用いることができます。

受動型真空ポンプ

 上にも述べたように、このような用語は一般には用いられませんが、容積移送型ポンプではピストンやローターを動かして空間の容積を変化させているのに対し、この型のポンプは、飛び込んできた気体分子を待ち受けて、捉えることから、このように呼ぶことにします。

 右図(a)のように、閉じた空間に気体分子を吸収する物質が置かれている状態を考えます。この吸収剤は入射してきた気体分子を捉え、簡単には離さないとすると、ポンプとして作用します。分子はランダムに運動しており、壁や分子どうしと衝突を繰り返しますが、その内に必ず吸収材にも衝突するからです。もし、壁からも吸収材からも気体が放出されないとすると、充分時間が経過した後には空間の圧力は0になります。このようなポンプは溜め込み式真空ポンプと呼ばれ、ソープションポンプやゲッタポンプ、クライオポンプ、イオンポンプなどがあります。

 溜め込み式真空ポンプは、冷蔵庫などに入れる脱臭剤を思い浮かべれば判りやすいかもしれません。脱臭剤は活性な(臭いのある)分子だけを捉えますが、それでも冷蔵庫という閉じた空間内で特定の分子の分圧を下げているのですから、真空ポンプとして働いているとも言えます。そう呼ばないのは目的が異なるからです。この脱臭剤は定期的に交換する必要がありますが、溜め込み式の真空ポンプも同様です。ただし、加熱するなどして吸着している分子を放出させ、吸着性能を再生させる場合もあります。大気圧では吸着すべき分子の数が多すぎて、吸着性能が直ぐに低下してしまいますから、長持ちさせるためには真空槽を別のポンプで中真空程度まで排気してから作動させる必要があります(注2)。

 受動型真空ポンプには、右図(b)に示すような運動量輸送式もあります(注3)。閉じた空間内に、片方(図では左側)からの分子は通過させるのに他方(右側)から来た分子は跳ね返してしまうような不思議な膜が張って在ると考えて下さい。溜め込み式と同じように、左側にあった分子はその内に必ず選択膜に入射しますから、充分な時間が経過すると、左側の空間の圧力は0となり、その分右側の圧力が高くなります。もちろん、このような完全な選択膜は存在しませんから、実際のポンプでは、分子が左から右へ通り抜ける確率よりも右から左へ通り抜ける確率が大きいような障壁を設けています。例としては拡散ポンプやターボ分子ポンプが挙げられます。なお、この説明は分子流領域でのもので、粘性流でも成り立つかどうかは考えが及んでいないことをご了承下さい。

 運動量輸送式ポンプは、連続して排気することができます。原理的には大気圧から作動させることも可能ですが、選択膜の機能を持つ部分の材料の変質や過負荷などの理由から、中真空以下の領域で作動させる必要があります。また、実際の選択膜は逆方向(右から左)にも分子が通り抜けますので、右側の圧力があまり高くなることは好ましくありません。そこで、通常は右側の空間に別の真空ポンプ(補助ポンプ)を接続して、排気します。

排気速度(2)

 理想的な受動型真空ポンプの排気速度を考えてみます。壁(吸収材または選択膜)に衝突した分子を全て捉えるわけですから、単位時間、単位面積当たりに壁が排気する分子の数は入射頻度 F に等しくなります。F は分子の密度を n、分子の平均速さを とすると、

 F = n/4    (3)

と表されます。壁の面積を A、その間では n が変化しないような微小な時間間隔を Δt とすると、排気する分子の数 ΔN は FAΔt ですから、

 ΔN = n/4・AΔt  (4)

となります。ここで、ΔN = Δ(Vn) ですが、n は変化せずに ΔN に相当する体積が変化すると考えますと、ΔN = ΔV・n となり、式(4)は次のように書き直されます。

 S = ΔV/Δt = A/4  (5)

排気速度S は 分子の平均速さと壁の面積(ポンプの有効開口面積)によって決まることが判ります。実際の真空ポンプでは吸収や選択の効率が1ではありませんので、これを考慮すると、

 S = HA/4  (6)

と表されます。Hは効率であり、ホー係数と呼ばれています。なお実用的には、20゚C の空気(分子量29 → = 464 m/s) について整理した、次の式が便利です。

 S = 11.6HA [L/s]   (A : cm2)    (7)

例えば、有効開口面積 A が 20 cm2、効率 H が 30% のポンプでは S = 70 L/s となります(これは2インチの油拡散ポンプの例です)。

排気曲線

注記:この項は後日加筆して別ページにする予定です。

 容積が V の真空槽を排気速度 S のポンプで排気した場合の圧力の変化を考えてみます。簡単のため、S は一定とします。微小な時間Δt の間に排気される気体の容積は SΔt ですが、この気体の圧力を p とすると、気体の量(圧力×容積)は SpΔt になります。一方、Δt の間に減少する圧力を −Δp とすると、真空槽内から排出された気体の量は −VΔp です。両者が等しいことから、

 VΔp = −SpΔt     (8)

となり、これを初期条件(時刻0での気体の圧力) p = p0 の下で解くと、

 p = p0exp(-St/V)   (9)

を得ます。つまり、系内の圧力は時間と共に指数関数的に減少します。

 実際には、式(8)はあまり正確ではありません。真空ポンプそのものに到達可能な圧力下限値 pu が存在し、また、真空槽の壁などから気体が放出されるからです。単位時間当たりに放出される気体の量を Q0 とすると、式(8)は次のように書き直すことができます。

 V(dp/dt) = −S(p - pu) + Q0    (10)

式(10)を上と同じ初期条件の下で解くと(定数変化法など)、

 p = p0exp(-St/V) + (Q0/S + pu)[1 - exp(-St/V)]  (11)

となります。

(注1) 空気入れには排気側の弁が無いが、この機能はタイヤチューブの虫ゴムが担っている。 (注2) 中真空以下でないと原理的に作動しないようなポンプもある。 (注3) 粘性流領域においては適切な用語と思われるが、分子流領域では何となく馴染まない印象を受ける。選択膜式とでも呼びたいところであるが、逆に粘性流領域では使えない。  

以上


このページは、高木郁二が担当している京都大学工学部物理工学科の講義・実験を補う資料として作成したものです。ご意見・お問い合わせはこちらまでお願いします。