「エネルギー理工学設計演習・実験2」別冊

1−2 圧力範囲と利用例

1998.09.12

keywords: vacuum pump, vacuum gauge, deposition, vacuum drying, discharge plasma


 大気圧から超高真空領域までの圧力に応じた、真空ポンプ、真空計、利用例を下の図に示しました。

差圧の利用

 低真空領域で真空を使う目的は、圧力差を利用することでしょう。水溶液などを濾過する場合に、溶液を受ける方の容器を負圧にする吸引濾過を知っているのなら、「差圧の利用」は分かり易いと思います。差圧の威力を見せつけた、有名なマグデブルグの半球もこれに該当します。

 吸盤は最も身近な例です。吸盤をガラスなどの平坦な面に押しつけると、吸盤と平面との間の空気は追い出され。次に吸盤を引っ張ると、(大げさに言えば)ボイルの法則によって、この空間の圧力は下がり、平面に吸い付くことになります。この場合、(これも大げさですが)吸盤と平面が真空容器を構成し、吸盤自身が真空ポンプとしても働いていることになります。もし、空間の圧力が大気圧よりも充分低ければ、冷蔵庫や車のフロントガラスに付いているような吸盤でも、単純に計算すると数kg重の重さに耐え得ることになります。ただし、実際に計ったことはありませんので、具体的な値をご存じの方は教えて下さい。

 大気圧は絶対圧力で 1 atm 程度ですから、差圧の最大値も 1 atm です。つまり、いくら低圧側(真空側)の圧力を頑張って下げても、あまり意味がありません。例えば、低圧側が 0.1 atm と 0.01 atm の場合を考えてみますと、差圧はどちらもほぼ 1 atm であって、利用できる力はほとんど同じです。圧力を1桁下げるためには費用も時間もかかりますので、差圧を利用する場合には、大気圧の数分の1まで下げれば十分です。あるいはもっと小さい差圧でも構わないこともよくあります。

乾燥

 ビーカーの中にある水溶液の水分を取り除きたい場合には、加熱します。温度が高いほど水の蒸気圧も高くなり、早く蒸発するからです。しかし、熱によって分解するような成分が溶けている場合には、真空中で乾燥するのが有効です。これは、一旦蒸発した水分子が速やかに除去され、再び凝縮する確率が著しく減るためです。別のページで説明する予定ですが、計算上は極めて短時間で乾燥することになります。

 生物試料では、凍結しておいてから真空中で乾燥する、真空凍結乾燥を用いることもあります。蒸気圧が低いために蒸発速度は遅くなりますが、空気にさらしている間に酸化したり、常温に放置すると分解してしまうような試料に対して特に有効です。

放電・プラズマ

 蛍光灯と核融合炉(注1)を併記しているのは随分と乱暴ですが、プラズマを利用している点では同じです。ただし、蛍光灯(数100Pa)と核融合炉(mPa程度)では圧力範囲は全く違います。真空にする理由は2つあって、1つは目的とする気体以外を除去すること、もう1つは、イオンなどの平均自由行程を長くして放電を効率よく持続させることです。前者の目的のための真空はここに示した範囲とは異なりますので、注意して下さい。また、放電という現象は大気圧(雷)やそれ以上の圧力(高圧水銀灯)でも起こりますので、示した圧力範囲は単なる目安です。

蒸着

 タングステンボートやアルミナルツボの中で金属等を加熱し、その蒸気を基板に付ける、いわゆる真空蒸着のことです。空気分子が残っているとタングステンや試料金属が酸化しますので、高真空が必要です。また、試料金属が蒸着する際に周囲の気体分子を取り込むと蒸着膜の成分や性質が変わりますので、周囲の圧力は蒸気圧に較べて充分低くなければならないことも、高真空にする理由です。

荷電粒子ビーム

 電子ビームやイオンビームをまとめて荷電粒子ビームと言います。ビームの進路に気体分子が存在しますと、ビームが散乱されたり荷電変換反応を起こしたりしますので、高真空が必要になります。少々堅い言葉を用いれば、真空を使う理由は、残留している気体分子との相互作用の確率を減らすため、ということになります。なお、短い距離を通れば良いのなら、もっと高い圧力でも構いませんし、ストレージリングのように電子をいつまでもリングの中を回り続けさせるためには、もっと低い圧力−超高真空−が必要になります。

表面物理

 真空にする目的は、周囲の気体分子が試料表面に衝突する頻度を極端に少なくするためです。0.1mPa の高真空中でさえも、数秒の間に固体の表面に衝突する分子の数は、固体表面に露出している原子の数とほぼ同じ程度になります。もし、衝突した分子が全て付着してしまえば、もともとの固体を構成している原子は隠れてしまい、表面の性質が変わってしまうかもしれません。そこで、通常は 0.1μPa 以下の超高真空中に試料を入れ、何らかの方法(スパッタ洗浄や劈開など)で試料表面を清浄にしておいてから、その性質を調べます。

(注1) トカマクに代表される磁場閉込め型核融合炉である。ただし、核融合炉そのものは実現していないので、核融合実験装置やプラズマ実験装置がこれに相当する。


このページは、高木郁二が担当している京都大学工学部物理工学科の講義・実験を補う資料として作成したものです。ご意見・お問い合わせはこちらまでお願いします。