ピラニ真空計製作メモ

1998.06.30 I.Takagi 
1998.08.04 rev.1 
1998.09.01 rev.2


 学生実験(エネルギー理工学設計・演習2:電子ビーム)では、ピラニ真空計の原理と動作を学習するために、自作した測定回路と測定子を使用しています(市販の測定子も併用しています)。このページはこれらの製作に関する覚書です。テキストには簡単な事項しか記載していませんので、興味のある人はこのページも併せて学習して下さい。


1.構造と原理
2.圧力への換算
3.測定子の仕様
4.測定器回路
5.市販測定子の試験
6.圧力測定範囲
7.自作測定子の試験
 謝辞
 参考文献



1.構造と原理

 低温の気体分子が高温の固体に衝突すると、固体から熱を奪う。奪った熱量から圧力を求める圧力計の一つがピラニ真空計であり、測定子と測定器およびそれらを結ぶケーブルから構成される。いずれについても後に述べるが、イメージを持った方が分かり易いであろうから、製作した測定子の概念図を示す。

非常に簡単な構造であることが判るであろう。中が見やすいようにガラスを使用していることと、エポキシ系接着剤でシールしていること等を除いては、市販品と同じ構造である。2つの電極に電圧を加え、白金細線を加熱して使用する。

 分子流領域では、気体分子が衝突によって固体(白金細線)から奪う熱量は、分子の衝突頻度、つまり圧力に比例し、次の式で表される。

q = αΛ(T−T0)p (1)

ここに q は単位面積、単位時間当たりに気体分子が奪う熱量(熱流束という)、T は固体(白金細線)の温度、T0 は周囲の気体温度(ガラス管壁温度、つまり室温と考えてよい)、p は気体の圧力、Λ は自由分子熱伝導率である。α は適応係数と呼ばれ、以下の式で表されるように、固体に衝突した分子が平均して固体の温度にどの程度まで近づいてから跳ね返るかを示す係数である。

α = (Tg−T0)/(T−T0) (2)

ここに、Tg は固体に衝突した後の気体分子の温度である。 Tg が固体の温度 T に等しければ、気体分子は最も効率よく固体から熱を奪うことになり、α = 1 である。αの値は固体の材質や気体の種類に依存する。

 ピラニ真空測定子の高温部は、図に示したように、白金細線(フィラメント)である。式(1)において、高温部の温度 T を一定に保ったとすると(周囲の温度 T0 は一定であるとして)、熱流束 q と 圧力 p は比例する。従って、α と Λ が既知であれば、q を測定することによって p が判る。これが、定温度型ピラニ真空計の原理である。

2.圧力の換算

 加熱された白金細線から逃げる熱量を Q とすると、Q は前述した気体分子が奪う熱量 Qg 、リード線等の接触部から固体熱伝導によって逃げる熱量 Qs および輻射熱による放熱量 Qr の和である。Qg, Qs, Qr を単位時間当たりに移動する熱量と考えると、それぞれ、以下の式で表される。

Qg = αΛπda(T−T0)p (3)
Qs = Sκ(T−T0)/L (4)
Qr = πdaσε(T4−T04) (5)

式(3)は式(1)の両辺に細線の表面積を乗じたものであり、d と a はそれぞれ細線の直径と長さである。式(4)は定常状態の固体熱伝導を表しており、S は細線の断面積(=πd2/4)、κ は固体の熱伝導率、L は代表長さである。式(5)中のσとεは、それぞれステファン・ボルツマン定数と固体の輻射率である(*)。

(*) 式(4)における L の定義はあいまいであるし、式(5)は無限空間に対しての輻射放熱式であるから、これらの式から固体伝導熱や輻射熱を正確に求めることはできない。ここでは、温度 T が一定の場合には固体伝導熱も輻射熱も一定になることを式の形から説明するために用いた。

 一方、Q は白金細線の発熱量に等しいから、細線に流れる電流を I、細線の抵抗値を R とすると、次の式が成り立つ。

Q = Qg + Qs + Qr = I2R (6)

 ここで、T と T0 が一定であるとすると(これが定温度型ピラニの前提である)、式(4)と式(5)よりそれぞれ Qs と Qr は定数となることが判る。両者の和を等価な電流値 I0 で置き換えると、式(6)は次のように書き換えられる。

2 R = Ap + I02 R (7)
 A = αΛπda(T−T0) (8)

I0 は、圧力が 0 の場合に細線に流れる電流、つまり固体熱伝導と輻射によって逃げる熱量を供給するための電流を表している。また、A は式(3)から明らかなように、Qg において圧力に依存しない項をまとめた定数である。細線の抵抗 R、暗電流 I0(*)、定数 A が既知であれば、細線に流れる電流 I から式(7)を用いて圧力 p を求めることができる。 I0 は測定子の形状や材質に依存する定数であるが、A は気体の種類にも依存する。

(*) 本来は光電効果や漏電による電流のことを言うので、この用法は適切でないかもしれない。

 なお、自由分子熱伝導率は、

Λ = (γ+1)/2(γ-1)・(k/2πMT')1/2 (9)

で与えられる[3]。k はボルツマン定数、γ と M はそれぞれ気体の比熱比と質量、T'は気体の平均温度 (T+T0)/2 である。例として、T0 = 298K、T = 473K、M = 4.7E-26kg(N2ガス)、γ = 1.4(2原子分子) を代入すると、Λ = 1.0 m/Ks となる。

3.測定子の仕様

 A社製のピラニ真空計測定子は、取扱説明書によると白金細線の直径が 25μm で、使用温度は 473K (200゚C) である。測定器の回路を見るとブリッジ(交流?)の非平衡電圧から温度変化を検出し、オペアンプに差動入力して細線に加える電圧を制御しているようである。測定子の電極は7個あるが、実際には2極しか使用していない。つまり、測定ケーブルの電圧降下は補償していない。このためかケーブル長は可変では無く固定である。測定子を分解して実測すると細線の長さは 56mm であった。473K での白金の抵抗率 1.76E-7Ωm から抵抗値を計算すると 20Ω である。

 上記の市販品を参考に自作する測定子(PI38と呼ぶ)の仕様を決めた。全く同一であっても構わないが、線径25μmの白金細線が入手できなかったので、30μm のものを使用することにした。使用温度を 473K、その時の抵抗値を 20Ω とすると、上記の抵抗率と直径から長さが決定される。

 測定子としての仕様はこれで決まるが、測定器を設計するには供給する電圧(あるいは電流)を見積もっておかなければならない。式(7)と式(8)において、I0 = 0、α = 1 と仮定し、p = 500Pa(*)、T0 = 298K の場合の放熱量を求めると 0.66W である。また、このときの電流と電圧は 180mA、3.7V である。

(*) 測定可能な圧力範囲については後述する。

  表1 ピラニ測定子の主仕様
測定子 A社製市販品 自作(PI38)
抵抗値 R 20Ω 20Ω
細線材質と使用温度 T 白金、200゚C 白金、200゚C
細線直径 d と長さ a 25μm、56mm 30μm、80mm

4.測定器回路

 市販の測定器は暗電流を考慮した上で圧力に換算して表示するようになっているが、製作する測定器は、細線の温度を一定に保ち、細線に流れる電流を表示する機能のみとする。温度を一定に保つには、金属の抵抗率が温度と共に単調に増加する性質を利用する。つまり、右の回路図に示すようにブリッジ回路によって抵抗値を一定に保つように制御する。

 抵抗 R1 は 1kΩ(1/2W,1%)、R2 は白金細線と同じ抵抗値の 20Ω(2W,1%)である。これらの抵抗と細線がブリッジとなっており、非平衡電圧をオペアンプ A1(LF356)に差動入力し、出力をパワートランジスタ TR1(2SD856A)のエミッタフォロワで受けて、ブリッジに加える電圧を調整する、単純なフィードバック回路である。

 非平衡電圧はデジタル電圧計(旭計測器 AP101-12-3, 分解能1mV, max2V)で、細線に流れる電流はデジタル電流計(旭計測器 AP101-25-3, 分解能1mA, max2A) で測定・表示している。アナログ式のメータでも構わないが、最近では両者の価格差はほとんど無い。なお、電圧計はフィードバック回路が正常に働いていることを確認するためのものなので、無くても構わない。

 3.での検討から、細線に加える電圧の上限は3.7V 程度であることがわかっている。ブリッジ全体としてはその2倍の7.4V が要る。これはオペアンプに必要な電圧(12V)よりも小さいため、オペアンプ用の電源と共有することができる。オペアンプそのものは電流をほとんど消費しないので、+12V の容量は 200 mA あれば良い。この他、デジタルメータの駆動用に 5V (1台約 80 mA) が必要であるため、+12V (300mA)、-12V (100mA)、5V (1A) のスイッチングレギュレータ(KMC-15)を購入した。

 その他の素子のパラメータは、C1 (0.01μF)、VR1 (30kΩ-B)、R3 (300Ω 1/8W)、R4 (10kΩ 1/8W) である。オペアンプは普通のものでよく、FET 型の LF356 は少し高級だったかもしれない。ドライバのトランジスタ 2SD856A (80V-3A)は手持ちのものを流用した。30 〜 100V で 1 〜 3A のパワートランジスタなら何でもよいであろう。ブリッジに使用する抵抗はできるだけ精密であることが望ましい。ここでは入手し易いF級(誤差1%)を使用した。また、発熱による抵抗値の変化をできるだけ少なくするため、R2 は容量の大きいものが望ましい。


5.市販測定子の試験

 製作した測定器の動作を確認し、市販測定子の特性を調べるため、真空槽に市販測定子を2本を取り付け、それぞれ市販の測定器と5.で製作した測定器に配線した。真空槽はロータリーポンプ(高真空では油拡散ポンプを併用)で排気し、主バルブを閉じて圧力を測定した後に再び主バルブを開けて排気する操作を繰り返した。

 製作した測定器の非平衡電圧は常に 1mV 以下に保たれており、電流の安定性も 1mA 以内であったことから、正常に動作しているもの思われる。

 圧力が 1mTorr(〜0.1Pa)以下の高真空では、細線の電流値は常に 10mA を示した。これは I0 に相当し、電力に換算すると 2mW である。ε = 0.2の場合の輻射熱量を式(5)から求めると 2mW となることから、固体伝導による放熱量は輻射熱量に較べて充分小さいと仮定すれば、この結果は妥当と言える。

 式(7)に従って I0 = 10mA として、I2 - I02 の値を、市販測定器の表示値(圧力)に対してプロットした結果を右図に示す。0.2Torr 程度までは良好な直線性を示すことがわかる。直線の傾きより、

I2 = 5000p + 100 (I;mA p;Torr) (9)

という実験式が得られた。一方、残留ガスは窒素ガスであり、α = 1 であると仮定すると、式(8)より、A = 5100 mA2/Torr (3.8E-5 A2/Pa) を得る。この値は上の実験式の係数 5000 に近く、ほぼ理論通りの性能を示していると言える。実験式の係数との差異は、α = 1 と仮定したことや、残留ガス中に水分が含まれていたこと等に起因すると考えられる。

6.圧力測定範囲

 5.の実測値によると、市販測定子の I0 は 10mA であった。例えば I = 11mA とすると、式(9)より p = 4mTorr (0.5Pa) となる。これ以下の圧力の測定はこのような簡単なピラニ真空計では困難であり(*)、輻射放熱量が測定可能な圧力の下限値を決定している。一方、5.に示した図によると、実験式(9)が成り立つのはせいぜい 0.2Torr (30Pa) までであり、これ以上の圧力では直線からかなりずれてしまう。これは、圧力が高くなると分子流ではなくなり、式(1)が成り立たないためである。0.2Torr の窒素ガス分子の平均自由行程は 250μm と線直径の10倍であり、一般に言われている分子流の条件(代表長さの10倍)に当てはまっている。なお、直線からのずれを補正して目盛を付ければ、市販の測定器のように 20Torr まで測定することは可能である。さらに高い圧力になると、放熱量が圧力によらず一定になってしまい、測定不能となる。

(*) 高真空状態で白金細線を封入したガラス球を併用し、輻射熱や固体伝導熱、あるいはケーブルの電圧降下を補償したピラニ真空計では、1桁以上低い圧力を測定することができる。

7.自作測定子の試験

 しっかりとしたデータを未だ取っていないため、後日掲載する予定である。

謝辞

 測定器の回路設計に助言いただいた法澤恵造氏と測定子の部品を製作していただいた内藤正裕氏にこの場を借りてお礼申し上げます。

参考文献

[1] 実験物理学講座4「真空技術」、林主税編集、共立出版 (1985)340-345.
[2]「真空技術ハンドブック」金持徹編集、日刊工業新聞社 (1990)306-314.
[3]「真空技術」堀越源一、東京大学出版会 (1983)21.

以上


このページは、高木郁二が担当している京都大学工学部物理工学科の講義・実験を補う資料として作成したものです。ご意見・お問い合わせはこちらまでお願いします。