量子テレポーテーション・プロトコル

 量子テレポーテーションは,1993年,C. H. ベネットらにより提案された,量子情報を転送するためのプロトコルです[1].このプロトコルでは,現在広く用いられているビット単位の情報ではなく,0と1の重ね合わせ状態(量子ビット)で情報をやりとりする,量子情報処理を実現する系の原型とも呼べるものです.

 この系においては,Aが受け取った未知の状態をその量子力学的可干渉性(コヒーレンス)を損なうことなしにBに転送するという操作を扱います.一番簡単なのはAが直接Bに状態を送ってしまうことですが,入力状態が壊れやすいなどの理由でそれは不可能であるとします.

 以降,情報理論分野の慣例に従い,Aをアリス,Bをボブと呼びます.

 量子テレポーテーションにおいて,重要な役割を果たすのがEPR対と呼ばれる状態です.元々アインシュタインらが量子力学の不完全性を証明するためのパラドクスとして提案した概念で,一方の状態を観測した瞬間にもう一方もそれに併せて波動関数が収縮してしまい,あたかも一方で観測がなされたという情報が瞬時に他方へ伝わってしまうように見えるため,因果律を破ってしまうのではないかという主張です.しかし,現在では量子力学においても正しい解釈がなされており,それを裏付ける実験結果も次々と発表されています.また,EPR状態はパラメトリック変換過程により生成することができ,これを積極的に利用しようとするのが量子情報技術の特徴になっています.

 アリスは未知の状態をボブへ転送します.この状態の確率振幅α,βの上に情報が載っていますが,これはいっさい不明です.もしわかってしまうと,波動関数が壊れることになるためです.また,転送する人(アリス)と受け取る人(ボブ)はEPR対のうち,一つずつを共有しておきます.

 次に,アリスは送りたい状態とEPR状態の間でベル測定と呼ばれる特別な測定をしなければなりません.これは2つの状態間のパラメータを測るということです.もしどちらか一方の状態を観測してしまうと,その時点で波動関数が収縮するので,量子テレポーテーションを実現することはできません.

 アリスがベル測定を行った瞬間,元の状態とアリスの手元のEPR状態は破壊されます.それと同時に,ボブの手元のEPR状態は部分的に収縮し,量子チャンネルを通じて元の入力状態が転送されます.しかし,ボブの状態はまだ完全に収縮したわけではありません.この後,アリスは測定結果を古典チャンネルを通じて通信します.ここでいう古典チャンネルとは,光速以下でしか伝わることのない信号のことです.ボブはアリスからの結果を受け取ると,それに応じて手元の状態にユニタリ変換すなわち波動関数の情報を損なわない操作を施し,その結果ボブの状態はアリスが送りたかった状態が再現されるという仕組みになっています.

 ここで大事なのは,アリスの送りたかった状態はベル測定と同時に破壊されるため,未知の量子状態を複製しているわけではなく,「量子クローニング」を禁止する定理に抵触しないことです.また転送に古典チャンネルを併用するため,因果律を破る心配もありません.量子テレポーテーション・プロトコルは量子力学によって保証されている技術とも呼べるでしょう.

 量子テレポーテーションは最初量子ビット単位の情報を転送するためのプロトコルとして提案されましたが,その後連続量や多次元の離散量を転送する系も提案されています.また,オーストリアのA. ツァイリンガーらにより検証実験も行われています[2].現在,量子物質工学量子物理研究室では,離散量を転送するためのEPR状態を生成するための実験方法の提案[3],入力及び出力状態を操作する方法などについて研究を行っています.



[1]C. H. Bennett, G. Brassard, C. Crepeau, R. Jozsa, A. Peres and W. K. Wootters, Phys. Rev. Lett. 70, 1895 (1993)

[2]D. Bouwmeester, J.- W. Pan, K. Mattle, M. Eibl, H. Weinfurter and A. Zeilinger, Nature 390, 575 (1997); J.- W. Pan, D. Bouwmeester, H. Weinfurter and A. Zeilinger, Phys. Rev. Lett. 80, 3891 (1998)

[3]A. Kitagawa and K. Yamamoto, LANL E-print quant-ph/0202154 (2002)





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